resume

親切に心を寄せてくださっている方たちに何の音沙汰もせず心ならずもすっかりご無沙汰をしてしまった。 この空白の理由は単に私の気ままなintermissionとでも言えば良いのか、ここらでちょっと一息のpauseのつもりが 冬から春そして今年の予想外の猛暑の日々から今日まで続いてしまうことになった。 その間、机の上は、うっすらと真綿の…
トラックバック:0
コメント:4

続きを読むread more

甦った「幻のピアニスト」のことなど

                             お茶の水駅近くの神田駿河台に井上眼科病院がある。初代院長の井上達也が明治14年(1871)に創設してから、140年近い歴史を有している有名な病院である。  この病院が出来て10年後の明治…
トラックバック:0
コメント:3

続きを読むread more

同い年の女性作家

須賀敦子と向田邦子は、私と同い年で、前者はその年の正月生まれ、後者にいたっては誕生日が、たったの一日違いの秋も終わりの11月生まれという親近感と、昭和一桁生まれとしての共通認識があるのでごく自然に同級生のような感覚を持っている。 私と、お二人とは露ほどの関係も無いが、偶然の範疇では不思議と接点がいくつかあるのが面白い。 先のブロ…
トラックバック:0
コメント:5

続きを読むread more

麻布二の橋、三の橋

                           随分古い話になる。 その頃、私は麻布笄町から歩いて、同じ区内にある当時はまだ丘の上から海が見える学校まで通った。 およそ小一時間ぐらいは掛かったような気がする。 家を出て緩い坂を下って行くと直に霞町の交差点に出る。そこから四谷3丁目を起点に、品川駅まで走る7番系統の都電に…
トラックバック:0
コメント:8

続きを読むread more

ある思い出から

 その音楽をはじめて耳にしてから、あらかた半世紀の時は過ぎた。  花のたよりが南の方からちらほら聞かれるようになったある日、かおるから手紙が来て「素敵なレコードを手に入れたから、家に来て下さい。どんなレコードかは、その時まで内緒です。」と記してあった。 展覧会に出す作品が仕上がって一息ついたとみえ、いつ…
トラックバック:0
コメント:7

続きを読むread more

アルファにしてオメガ

 グノーのアヴェ・マリアを始めて知ったのはいつ頃だったのか、もう記憶に無いくらい古くなっている。 バッハの「平均律クラヴィア曲集」第1巻、第1番の前奏曲を伴奏パートにして歌詞を乗せたのがグノーの「アヴェ・マリア」だと分ったのは、ずっと後になってからである。  「アヴェ・マリア」がたとえグノーのアレンジによるものだとしても…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

夏の音楽歳時記

真夏になると、私の頭の中の「歳時記」が頁を繰り、シベリウスへと自然に導いて行くのである。 そうすると、さやさやと涼しげな風が立って、フィンランドの森と湖の光景がさながら幻燈のように瞼の奥に写し出されて来る。 近頃は、田部京子さんがイギリスのCHANDOSレーベルに録音したシベリウスのピアノ作品集のCDを良く聞いている…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

思いつくままに

ときどき江戸時代の漢詩人の詩を読むことがあリますが、その中の一人で梁川紅蘭という女性詩人が「琴を買う歌」という詩を作っています。  長い詩なので前半部分だけの大意を述べますと彼女はこんな風に詠んでいます。  「ある日、商人が琴を携えて来ておおげさに言うのには、この琴は世に稀な名器です。この古漆の表面にある髪の毛より…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

走る悲しみ

アムステルダムにある「アンネ・フランクの部屋」には彼女が大好きだった、映画「オーケストラの少女」で有名なディアナ・ダービンとか、グレタ・ガルボ、ソニア・へニー、といった人たちのポートレートなどの外、風景写真、ギリシャ彫刻などの絵葉書が貼ってあり、それがたとえ一刻であれ、あの恐ろしいゲシュタボの影に慄くアンネや家族たちの2年間の重…
トラックバック:0
コメント:7

続きを読むread more

モーツアルト異聞

「ショスタコーヴィチの証言」この書物は,ローレル・E・フェイのように「偽書」であると断定(The Russian Review 1980)する人もいますが、ショスタコーヴィチがS・ヴォルコフに語ったと言うことの大部分は真実であると言う説もまた一方にありますので、このあたりを弁えて読む限り、興味ある話が一杯詰まっています。フィクシ…
トラックバック:0
コメント:6

続きを読むread more

はなみずき

  4月22日晴 図書館に行く道すがら、真っ白なはなみずきが咲き誇っている一画があって目を楽しませてくれる。 その純白な花群を透かして奥のほうに、淡い紅色の花をつけたのも見える。不意に白い鳥が飛んで来て花を揺らせた。瞬間、私の中の時間が止まり、鳥の羽ばたきがあたかも天使の化身となって一つの絵を現出させた。花樹と花樹の空間がア…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

器楽的幻覚

20代の頃、繰り返し読んだ梶井基次郎の文庫本は、今では表紙も無くなって自分の手で補修したのが残っています。既に半世紀の年月を過ぎていますのですっかり古くなり、本文用紙も写真をご覧ようにページを繰るとぽろっと剥げ落ちそうに脆くなっています。でもこの本を今も大切にしているのは發表当時のままの旧かな遣いであることです。  「…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

青いアネモネ (序章)

ホームに雪が舞い込んで黒いコートが見る間に白くなった。そろそろ次の電車が入ってくる のだが、氷点下すれすれの際どい寒さに、まだ姿を見せぬ人を待つのは辛かった。   「次のには乗っているのかな」柳康之がぼそっと呟いた。  約束した時間はとうに三十分以上過ぎていた。   「はっきり行くと言ってたから来るよ」とは答え…
トラックバック:0
コメント:3

続きを読むread more

詩人と音楽

ヘッセの「車輪の下」で知られる自伝的小説が<で>の助詞つきで、光文社文庫から松永美穂さんの新訳で出ました。同じ本を既に読んでいるのにと思いながら、シュリンクの「朗読者」のときの松永さんの訳文に好印象を受けていたので、文庫でワンコインほどの値段につられてまた求めてしまいました。 ヘッセの魅力と言ってしまえば確かにそうなんです…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

結晶する音楽 

十年一昔と言いますが、それよりも×5くらい古い1948年にアメリカでLPが誕生した以降のことを少し調べてみました。当時ラジオでアナウンサーが必ず「LPとは long playing microgroove nonbreakable record の略で長時間録音レコードのことです」と説明を入れていたことを聞いた覚えがあります。S…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

ルネ王の暖炉

つい最近ですが、暁け方にストーリーのある不思議な夢を見ました。5,6人の音楽家が、フルート、オーボエ、ホルンなどを手にして、笑顔をこちらに向けて立っているのです。顔見知りのクラリネットのMさんが不意に目の前に現れ「少し音合せをしてから参りますので、先にあの森の中のステージでお待ち下さい」と言ったので、私は楢やくぬぎなどに覆われた…
トラックバック:0
コメント:5

続きを読むread more

  エトランゼ

永井荷風の「西洋音楽最近の事情」を読むと、彼がいかに多くの音楽を耳にしたか、いかに欧米の音楽について知識を得て、その紹介に先駆的な役割をはたすことが出来たのか、探ってみたくなります。荷風がフランスに渡ったのは、1907年(明治40年)今から丁度100年前になります。それ以前の4年間、アメリカでの生活がありますので、西洋音楽の素養…
トラックバック:0
コメント:3

続きを読むread more

日づけのない花

           或る本のなかから萎れた薔薇の葉を一枚見つけた。            いつからこんなところに挿まれてゐたのかしら、と           私は自分に問うてみた、過ぎ去ったいくつかの春を、           この薔薇の咲いてゐた日々や場所などを甦らせながら。           …
トラックバック:1
コメント:4

続きを読むread more

ぽるとがるぶみ

   去年の暮、本棚を少し整理した折に、久しくご無沙汰のまま埃を被っていた、佐藤春夫訳の「ぽるとがるぶみ」がジャンル外の箇所から顔を出した。    この本は昭和24年に京都の人文書院から発行され、同61年に重版された新装版ではあるが、装丁も凝ったもので、本の方は表紙に銀揉紙を使った、小粋な造本になっている。 しかも嬉しいこ…
トラックバック:0
コメント:4

続きを読むread more

春に寄す

           石ばしる 垂水の上の さ蕨の 萌え出づる春に なりにけるかも                        志貴皇子(万葉集巻8-1418)     …
トラックバック:0
コメント:3

続きを読むread more